1)ボートに対する不満
船外機の仕事を始めてから3年目くらいであろうか、バイアソラーノにメカニック一人を連れて出張に行ってきた。バイアソラーノはメデジンの西方太平洋岸に面し、メデジンから小型機で約1時間のフライトであった。熱帯雨林の茂った山に挟まれたV字状のとても大きな湾である。アメリカの第7艦隊がすっぽり収まる南米の太平洋岸では唯一の湾とかで、以前アメリカの海軍が湾内を測量したとかいう友人達の話(都市伝説か?)を聞いた事がある。
村は湾の形状に合わせたようにV字状に平地が続き、内陸側は山が迫っていて細くなっている。平地の中心部に位置する小さな空港から先細りになり、隣村へ続く未舗装の道路が続いていた。年間の平均気温は約26℃だが、とてつもなく湿度が高い所だ。点在する村々も含めて人口は約8000人と言われていたが、村内の家の数を見る限りでは数百人程度しか住んでいないように見えた。それでも飛行場があることから、海沿いの近隣の村々から船外機艇で出入りする人が多く、コロンビア人の女性と結婚したフランス人が経営している船外機の販売店もあった。
今回の出張の目的はこの販売店の要望で、売ったばかりの新型の28ftの和船型ボートの評判がよろしくないと言うことで調査をし、販売店のサポートをすることになった。私が出向く内容ではないと思っていたが、ボート工場の実質上のオーナーである社長の弟の営業部長から直々に依頼された。
海岸に近いこじんまりしたホテルに荷物を置いて、船外機販売店のフランス人に会いに行った。少し髪が薄くなった、小太りの50を過ぎた親父さんでとても気さくな人だ。フランスから一度ベネズエラに移住し、後にコロンビア人の奥さんと結婚してコロンビアに移住したそうだ。晩婚だったらしく小さな娘が二人いた。船外機の販売店舗は無く、自作した自宅?でお客に対応しており、修理は土地のメカニックに外注していた。
早速、海岸に出て評判が良くないと言われた28ftのボートを見に行った。そこにはボートのオーナーが待って居て、直接詳しい話を聞くことができた。彼が不満に思っている点は2箇所であった。ボートの全長に比べて舷側の高さが低く、沖合を航走する時に不安を感じると言う。そしてボートを横から見た舷側のライン(シアーライン)は優美であるが、弱々しく感じると言うことであった。
舷側が弱々しい?最初は何を言われているのかちょっと分からなかった。和船型のボートは日本の船外機メーカーのデザインで、コロンビアではWシリーズとして18ftから20、23、25、28ftの5モデルが製造されていた。近くにあった和船型23ftのボートと見比べると、舷側上部の形状が変わっていることに気がついた。他の和船型ボートも舷側上部の形状は共通している。舷側上部の剛性を上げるためか、横から見ると幅広の帯を巻いた様にデザインされており、確かに力強さを感じさせた。
舷側上部のデザイン、左:Wシリーズ23ft、右:新型28ftモデル
Wシリーズは25ftだけは北海道の海に合わせた特徴のある船体形状で、零細漁業者が波の荒い外海で使用するために、波を切る船首の部分がかなり高くなっていた。船底断面も浅いV字形になっており、船底が波を叩いた時にショックを和らげる形状になっている。他のWシリーズのボートは瀬戸内海の海苔栽培を意識した船体形状で、外海で操業する必要はないことからあまり波を意識しておらず、船底断面は横方向の安定性が高く、滑走しやすい平底に近くなっている。舷側の高さも作業性を考慮して低くい。
なぜか新型の28ftだけ、この帯状の段差が付いていないため、見た目のデザインは優美であるが、力強さや武骨さに欠ける形状に感じた。メデジンに帰ったらこの事を報告し、上部の形状を他のモデルに合わせ、同時に舷側をかさ上げするよう進言することにした。後日、他の地域からも28ftボートについて同じような意見が出たことから、私の進言を受け入れて舷側上部の形状を他のWシリーズの様に変更し、嵩上げを実施した。
28ftかさ上げ想像図:左:船体中央断面図、右:側面図
2)旧型25馬力の冷却水トラブル
翌日、11時発の飛行機でメデジンへ戻る予定であったが、朝食後に土地のメカニックが顔を出した。修理中の船外機に問題が起きたので手を貸してもらいたいということであった。あまり時間に余裕がなかったが、彼の自宅へ行って見ることにした。
彼の家に着くと、前庭に一台の旧型の25馬力船外機が水を溜めたドラム缶内に入れてあった。メカニックの話では、エンジンを分解し、摩耗したピストンリングの交換を終了してから、昨日ドラム缶の中で試運転をした。エンジンはすぐにかかったが、冷却水の有無を確認できる小さなパイロットノズルから、水が出ていなかった。そこでエンジンの上部に位置するサーモスタットを外して確認すると、普通なら水が吹き出るはずが、水が全くなかったそうだ。エンジンの回転を上げても水は上がって来る様子がないため、エンジンをすぐに止め、ウォーターポンプを分解してみたが、何の異常も見つからなかったと言う説明を受けた。
私は念の為に、自分ですぐにエンジンを掛けてパイロットノズルから水が排出されない事を確認し、サーモスタットを外してもらったが、メカニックの言う通りで全く水が上がって来なかった。ウォーターポンプも分解して点検したが、確かに何の異常も無かった。不思議に思い、再度エンジンを掛けてギアを前進や後進にチェンジして見たが、何の異常も見つけることが出来なかった。飛行機の時間も気になったが、このエンジンを放っておくことも出来ず。特に理由が有ったわけではないが、船外機をドラム缶から取り出して彼の船に載せて試運転することにした。
海岸からボートに乗り込み、私自身がエンジンを掛けてギアを前進に入れて走りだした途端、ボートがバックした。ギアをニュートラルに入れて今度は後進ギアに入れると、ボートは前進し出した。この挙動で問題点が分かった。すぐに船外機のフライホイールを外してチャージコイルとピックアップコイルが着いているベースプレートの位置を確認した。思った通り、プレートの位置が前後に誤った位置に装着されていた。ベースプレートの位置がズレたことによりスパークの点火時期が変わってしまい、エンジンが逆回転を起こしていたのだ。
ウォーターポンプはエンジンのクランクシャフトに連接されているドライブシャフトに取り付けられおり、エンジンが逆回転すればポンプも逆回転して水を吸い込まず、反対に吐き出す様に回転していたことになる。狭いドラム缶の中でエンジンを掛けてギアチェンジを行っても、前後進が逆になっていることに気がつけなかったのだ。ベースプレートの位置を直してから試運転すると、正常にウォーターポンプが作動してパイロットノズルから冷却水が勢いよく飛び出してきた。
この日、定刻通りに到着した飛行機に何とか搭乗することができた。メデジンに着いてから知ったのであるが、この旧型の船外機ではコイルのベースプレートの取り付け位置が前後逆でも、取り付けることが出来たことから、過去に何度か同様の問題が起きたそうだ。もちろん現行の船外機はモデルが変わった時に、ベースプレートの取付け用のビス穴は1箇所でしか合わないように改善されていた。
この現象について、故郷のオートバイ屋さんで修行していた時に聞いた話を思い出した。オートバイ屋さんは市の郵便局と契約し、数十台のオートバイの定期点検をしていた。初めて行った時に、何か違和感を感じた。郵便局ではH社製とY社製のオートバイしか使用されていなかったのだ。私が働いていた販売店はY社系なので、もちろんY社製オートバイだけ点検整備を行って店に戻った。
販売店のオーナーになぜS社製のオートバイが無いのか聞いてみた。すると、以前は3社のオートバイが使用されていたが、ある日、S社製のオートバイだけ発進時に後進する事が起きたそうだ。配達員が転んだりしただけで、大きな事故にはならなかった様だが、有ってはならないトラブルだ。それでS社製のオートバイは使用されなくなったという。ちなみにH社製は4サイクルエンジンで、YとS社製は船外機と同じ2サイクルエンジンであった。なお、4サイクルエンジンでは機構上、大幅に点火時期が狂っていればエンジンは始動しない。