D7. カナダ移住(2/3)

D.雑記色々

忘れ物

メデジンからアルバカーキーを経由して、トロントの空港には夜の11時過ぎに着いた。カナダへの再入国審査は何も問題は無かったが、税関検査は機内の座席が後ろの方だったので列の最後になってしまった。税関職員は私のパスポートを見て、バンクーバーで入国してから直ぐにコロンビアへ行き、トロントから再入国した事に不審を抱いたようだった。なぜコロンビアへ行ったのか聞かれたので、コロンビア人のフィアンセに会いに行って来たと返事をした。

職員に申告する物は無いかと聞かれ、全て身の回り品と答えたが納得しなかった。私のバックパックに綺麗に整理されてあった荷物を、台上に全部出してひとつひとつ詳細に調べ出した。周辺にいた他の乗客達はほとんど荷物検査を受けずに外へ出て行ってしまい、とうとう私一人になってしまった。すべてを調べ終えてから偉そうに「もう行っていいぞ」と、言われてカチンときた。「いいぞって、俺だけだろこんなに調べたのは、覚醒剤でも隠してあると思ったのか?自分で出した荷物を全部しまえよ。」と、怒ったら、渋々荷物を入れるのを手伝ってきた。

ようやく税関の扉から出ると、空港の大きなロビーはガランとしてほんの数人程度しか人が居なかった。とりあえず、ロビーから外に出て真冬のトロントの外気温−20℃を体感してみる事にした。外へ出たところ、意外とそんなに寒くないと思って周辺の景色を見まわして見たところで、寒さに耐えきれずにロビーへ戻った。扉の内側の壁にバスの行き先と時刻表が貼ってあるのを見つけた。そして扉の外のバス停を見ると、ちょうどダウンタウン行きと書かれたバスが止まった。

トロントにはカナダY社の本社が在るため、挨拶をするために来たのだ。Y社の住所も電話も持っていなかったので、とりあえず今夜はダウンタウンのどこかのホテルに泊まり、明日の朝、ホテルで調べてから出掛けようと思った。ドライバーにバックパックを渡して、バスの側面の荷物室に入れてもらった。誰もいないバスにショルダーバッグを持って入り、座席に座った。

運転席に戻ったドライバーに、5分後に出発するからちょっと待てと言われた。OKと返事したが、漠然とダウンタウンにはY社が無いような気がしてきて、ドライバーに近づいてY社がどこにあるか知っているか、と聞いてみた。すると、Y社だったら空港の近くだから、近くのホテルへ泊まる方が良いと言われた。そして、このバスはダウンタウン行きで方角が違うから、タクシーで行けと教えてくれた。

そのままドライバーと一緒にバスから降りてバックパックを荷物室から出してもらい、ドライバーに礼を言って暖かいロビーに戻ると、すぐにバスは発車した。扉の窓越しに遠ざかるバスのテールランプを見ながら、さてタクシーをどうするかと思っていると、何か違和感を感じた。アッと思った。ショルダーバッグを座席に置き忘れてしまったのだ。全財産とパスポートなど貴重品が入れてある、命の次に大事な物だ。

しまったと思い、広いロビーを見渡しながらガードマンか警察官の姿を探してみたが、どこにも居なかった。ロビーにまだ開いていたレンタカーのカウンターを見つけた。受付嬢に、焦りながらショルダーバッグをバスに置き忘れたと言ったが、まともな英語のフレーズが出て来ないので、何を言っているのか理解してもらえなかった。彼女はそれでも何かの異常を察して警察官を呼んでくれた。

ロビーのどこからか現れた一人の警察官に事情を話すが、やはり何度話しても中々理解してもらえなかった。気を落ち着かせて、ゆっくり話すとようやく状況を理解してもらえた。警察官からバス会社の名前とバスの番号を聞かれたが、それには答えられず、ダウンタウン行きで約10分前に、あの出口の前のバス停から発車して行ったと説明した。

警官はバスの時刻表を見ながら、バス会社を特定したようだった。無線で警察署に連絡を入れ、「若い中国人がAバス会社の、空港から何時何分に出たダウンタウン行きのバスの中に、小さなショルダーバッグを置き忘れたようだ。バス会社に保管してもらうように連絡してくれ」と、言ったのが分かった。反射的に若い中国人と言われたのがカチンときたが、そんな事を言っている場合ではない。警官にバス会社の名前とバス番号を教えてもらった。

これからどうすれば良いか聞くと、宿泊先を聞かれた。明日、Y社に行く予定だが、ホテルは決まってないと言った。「タクシーで近くのホテルへ行って泊まれ、そして明日の朝、バス会社に電話しろ」と、言われた。それを聞いて、ジーンズのポケットを探ると、幸運にもポケットに現金でUS120ドルが残っていた。これで足りるかと聞くと、問題無いと言われてタクシーを手配してくれた。警官に礼を言ってタクシーに乗り込んだが、自分のバカさ加減に意気消沈した。

深夜1時過ぎホテルの部屋に入って、疲れた体に熱いシャワーを浴びた。清潔なベッドに入っても、心配になって中々寝ることができなかった。朝になり、寝ぼけた頭に熱いシャワーを浴びていると、漸く意識がハッキリしてきた。「クヨクヨしてもしょうがない、運を天に任せるしかない。」と、口に出した。先ずはY社に行って助けてもらう事にした。備え付けの電話帳でY社を調べるとすぐに見つかった。ホテル内のレストランで朝食を取った後、9時過ぎにY社に電話した。

受け付けはカナダ人の女性だった。自分の名前を伝え、日本から来たので誰か日本語を話せる人に代わってもらうようお願いした。すぐに日本人のYさんという人が出て、私の名前を告げると、私の来ることを知っていた。ホテルの名を言うと、近いからタクシーで直ぐに来るように言われた。

Y社のゆったりとした広い敷地に倉庫を併設した大きな建物は、真っ白な雪で覆われていた。ロビーに入ると、電話で話したYさんを呼んでもらった。直ぐにYさんが来て、ニコニコした顔で出迎えてくれた。簡単な挨拶をした後、社長が待ってるからと社長室に案内された。明るい清潔な部屋には社長と3人の日本人スタッフがいた。社長が開口一番、「一人で良くここまで来れたな」と言って、日本人スタッフに紹介されて名刺をもらった。

私は椅子に座ると直ぐに昨晩の忘れ物について話をした。全員が驚いた。社長は直ぐにカナダ人スタッフを呼んで、バス会社の名前から電話番号を調べさせ、忘れ物について問い合わせてもらった。バス会社からいくつか質問をされた後、保管されていることを知りとても嬉しくなった。最悪、誰かに拾われてバス会社で見つけられなかった可能性も高いと思っていたので、落ち込んでいた気持ちがスッと晴れて楽になった。社長が、「バス会社はここから近いからタクシーで直ぐに行ってこい、詳しい話は戻ってきてから昼飯を皆で一緒に食べながらしよう。」と、言ってくれた。

古ぼけた建物のバス会社に到着した。確かにY社からそんなに遠い距離ではなかった。来意を告げると、薄暗い廊下の奥にあるマネージャー室に案内してもらえた。マネージャーは愛想の良さそうな人で、挨拶をした後、机の上に私のショルダーバッグを置いた。そして、「失礼だがすでに中身を確認させてもらった」と言って、中に何が入っているか質問された。

私は直ぐに、私名義の日本のパスポート、6,000USドルのトラベラーズチェック、現金で4,000USドル、手帳とボールペンそして日本の運転免許証など、と答えた。彼はパスポートをバッグから取り出し、私の顔を確認してから「間違い無い、君のバッグだ。中身を確認してくれ。」と、言って、バッグを返してくれた。机の上にバッグの中身を出して確認し、現金1,000USドルを手に取って、「お礼にドライバーの方に渡して欲しい」と、言った。マネージャーは目を丸くして、そんなことは必要無いと断られた。私は全てを失ってもおかしくなかったので、これでは少ないでしょうけど、誠実なドライバーの方にお礼したいと言った。

マネージャーは真剣な顔をして、「実は本人確認のためにパスポートを良く見させてもらったが、君はカナダに来たばかりの移住者じゃないか、君のような若い移住者から、たとえ謝礼といえどもお金を受け取ることは出来ないよ。」と、言われた。そして、「これは私だけの意見じゃない、ドライバーもそう思うはずだ。」そして、「Welcome to CANADA」と、言って握手をされた。私は返す言葉もなく、感動して泣きそうになりながら「本当にどうもありがとうございました。ドライバーの方によろしくお伝えください。」と、言って、バス会社を後にした。

Y社に戻ると昼食を食べに近くのレストランに招待された。バス会社の件を話したところ、皆、バス会社のマネージャーの対応に驚いていた。昼食後、Y社に戻ると社長が私の就職先のディーラーのオーナーに電話をして、私が無事にトロントに着いたこと、そして明日の昼のフライトでリジャイナへ向かう予定を伝えてくれた。また、わざわざ月給の話や労働条件に着いても聞いてくれた。

社長は、「初任給で時給4.80ドルは悪く無いぞ」と、言って、我が事のように喜んでくれた。そして、「リジャイナはトロントよりも寒いところだから、Y社の防寒着を持って行け」と言って、Yさんを呼び、必要な資料や特殊工具も一緒に渡すように指示してくれた。Yさんと倉庫に行って、スノーモービル用の丈夫で暖かい防寒着一式を試着し、沢山の特殊工具と工具箱に入った一般工具セットを貰った。かなり重いので心配になったが、郵送する手配までしてくれた。カナダY社の対応がとてもありがたかった。この夜はホテルのベッドでぐっすりと眠ることができた。

三つの太陽

翌日、リジャイナ行きの飛行機に乗った。窓の下は真っ白な世界が広がっていた。平地がどこまでも続き、山はどこにも見えなかった。飛行機が高度を下げてリジャイナの空港へ降りて行くと、滑走路まで真っ白になっているのが窓から見えた。飛行機が着陸するとタイアが滑り、機体が斜めになりながら走る、と言うより滑って行く。機体が中々止まらなかったのには結構ビビった。

小さな空港に降り立って、回転式のコンベアの前で自分の荷物を待っていると、背後から名前を言われた。振り向くと背の高い痩せた中年の男性と、背が低い若い青年の二人が立っていた。挨拶を交わすとY社ディーラーのマネージャーのレイと、彼の息子でセールスをしているマイクということを知った。荷物を受け取ると、彼らの車に乗せてもらった。明日の朝、ホテルに出迎えるから今日は休めと言われ、とりあえず住居が決まるまでは市内のYMCAの部屋を予約したと言われた。

小綺麗な部屋に入り、荷物を整理してから軽食をYMCAのカフェテリアで食べた。トロントよりすごく寒いと言われ、フロントで体感温度-50℃と聞いたリジャイナの街が、どの程度寒いのか外出してみた。鉛色の空に、輪郭がボヤけている白い太陽が三つも出ていた。驚いた。よく見ると空中にキラキラと細かい何かが浮遊していた。空気中の水蒸気が凍ったダイアモンドダストだ。プリズム現象で太陽が三つに見えるのだ。とんでも無い所に来てしまったと思った。まだ日中なのにかなり薄暗く感じた。歩道を歩いていると段々体が冷えて来た。5ブロック歩いて、溜まらずに近くの雑貨屋に逃げ込んだ。店内で買い物をするフリをして、体を温めてからYMCAに戻った。

翌朝、車で迎えに来たマネージャーと一緒にディーラーへ行った。結構大きな販売店で、建物の前面が広いショールームになっていた。冬なのでカラフルなスノーモービルが何台も並んでいるが、春から夏にかけてオートバイを販売している。残念ながらオランダ系のオーナーは旅行中で不在だった。マネージャーのレイがスタッフ全員に私を紹介してくれた。営業はレイと息子のマイク、そして年配で小柄なチェコ人のマックスの3人が担当していた。部品等の販売を担当している若い小柄な女性ベスと、経理の優しいオバさんエリザベスの計5人で、ショールームが運営されていた。

サービス部門は23才の私より3才年上のドイツ系のブライアンと、若いヒゲのフレディの二人が担当しており、建物の一番奥に修理工場が配置されていた。建物の左側の脇に車が入れるスペースがあり、直接バイクやスノーモービルを修理工場まで持ち込むことができる。中はかなり広いが、セントラルヒーティングで22℃くらいに調整されており、ジャケットを着る必要はない。故郷の冬のオートバイ店で働くよりも快適に感じた。早速、私専用に用意されていた修理スペースに、持ってきた荷物を置いた。トロントのY社で貰った工具や資料など重い物は次の週に届く予定だった。

カナダのメカニックは、特殊工具以外の一般工具(ハンドツール)について、自前の工具を揃えなければならない。ブライアンとフレディも、プロ仕様で高級ブランドとして有名なスナップオン社の工具を使っていた。工具を収納する専用の大型整理箱を彼らの専用スペースに置いてあった。

スナップオンの巡回セールスマンが週に一回程度、大型のバンに工具を乗せて店に来るそうだ。ブライアンが所有する工具を見ると、全てを揃ろえるにはかなりの金額になりそうだ。彼はローンを組んで購入したと教えてくれた。また、生涯保証が付いているので、工具が壊れたら巡回セールスマンに渡せば、その場ですぐに交換してくれるそうだ。だから高いのだと思った。

私は、スナップオンのデザインがあまり好きではない。個人的にドイツ製のハゼットの工具の方が手に馴染むので好きだった。また、スナップオンほど高くは無かったので、後日購入したレンチセットはためらわずにハゼットにした。Y社で貰ったオートバイ修理専用の推薦工具一式は日本製で、小型の工具箱に入っていた。流石に有名ブランド品とは品質も価格も比較にならないが、オートバイ修理に必要とする基本的な工具が揃えてあった。

クビになる?

工具が届くまで古い工具一式を借りて、当分はブライアンに教わりながら新しいスノーモビルを箱から出して整備する作業を行うことになった。作業に入る前、フレディが手を貸してくれと言ってきた。去年販売したスノーモビル2台を点検整備したので、客が待っている店の前まで移動すると言われた。二人で修理工場のシャッターを開けて外の通路に2台を縦列に並べた。前のスノーモビルはフレディが運転した。後の1台は私が跨り、エンジンをかけてレバー式のアクセルを握った。エンジンの回転が上がらないので、強く握った途端、エンジン回転が吹き上がり、レバーがくっついてしまった。その瞬間オートクラッチが繋がって、スノーモビルが後ろからトラックにブツけられたように急発進した。

反動で後ろに振り落とされる寸前、両手の数本の指先がハンドルに掛かったが、上半身がのけ反りブレーキに手が届かなかった。その姿勢のまま、とんでもない速度で店の脇の通路から飛び出し、前の道路を横切った。歩道の手前でようやく運転する前傾姿勢になった。しかしブレーキは効かずにエンジンは吹き上がったまま、最高速度で歩道脇に高く積まれた雪のスロープを駆け上がった。

3mほど空中に飛び上がり、体は空き地の積もった雪の上に投げだされた。スノーモビルも横になって雪の上に落ちた。しかし、エンジンは吹き上がったままキャタピラが高速で空転しており、振動で横転した姿勢から正常の位置に戻った途端、キャタピラが雪を掻き上げて広い空き地を暴走した。私は跳ね起きて無様に追いかけたが、スノーモビルは隣家の木製の塀をブチ破り、駐車していた車のドアに轟音を立てて衝突した。

私が空き地で呆然としていると、マネージャーと数人が駆け寄ってきた。私に怪我がなかった事を確認してから、皆、私が建物の脇から飛び出して来て、空き地で空中に放り出され、最後にスノーモビルが隣家の車に衝突した一部始終を目撃したそうだ。初日に起きた信じられない事故に唖然として、これでクビになると思った。

3/3に続く

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