B6. V6エンジンの異常燃焼(1/3)

B. 船外機トラブル関連

確か船外機の会社に入社してから丸2年?が経った頃の話。流石に船外機の仕事に慣れて来て、出張も一人で行くことがあった。現場に出ると必ず心がけていた事は、ボートやカヌーのサイズを測り、使用されている船外機の馬力とプロペラのサイズをチェックする事だ。ボートオーナーの許可を得ることができれば、乗せてもらってエンジンの最高回転数を確認し、自分でも実際に運転してフィーリングを体感させてもらった。現場への出張はメデジンの事務所にいては分からない事を知る良い機会だ。

カタログが入手できる有名なメーカーのボートの場合、推奨エンジン馬力が記載されている。現地製のボートやカヌーなどは資料がないので、いつも出張にでれば自分で確認していた。その頃、日本の船外機メーカーの役員で、有名なボートデザイナーの話がボート雑誌に連載されていた。そして雑誌社から記事が一冊の本にまとめられ出版された。

世界的に見ても小型の高速艇や船外機に関する書籍はとても少ない。早速、日本から本を送ってもらった。読んでみると素人でも分かりやすい技術的な話、戦後にボートを設計していた当時の状況や苦労話、経験談など読み物としても、とても興味深く面白い本であった。技術的な話の中で、高速滑走艇の基本的な船外機の馬力は、「船体重量(排水トン)の10%を表す数字をエンジン馬力とする。」という記述がとても参考になった。

ボートメーカーのカタログに記載されていた推奨馬力を確認すると、確かに馬力数は船体重量に比例していた。例えば、船体重量が1,000 Kgあるとすれば、使用する船外機の馬力は100馬力となる。これ以下の馬力であってもボートは滑走はするが、波や積載物の重量などに対する余裕を見てあるそうだ。逆にあまり馬力が大きくなり過ぎれば、スピードが出過ぎて操船が難しくなりとても危険である。この本から得た知識と現場で得た経験を元に、新しいボートを購入したユーザーから、搭載する船外機について相談を受けてもすぐに自信を持って答えられるようになった。

年明け早々、当時の一番大きな2サイクル/V6/200馬力の船外機が故障して、カリブ海に面したカルタヘナのマリーナから送られてきた。メーカー保証期間内であったことから、無償修理の申請書が添えられてあった。

壊れたエンジンを見ると唖然とした。シリンダー内部でアルミ合金製のピストンが溶けて変形していた。まるで高温のガスバーナーで溶かしたみたいだった。そしてコンロッドが折れてエンジンブロックを突き破っていた。エンジンがオーバーヒートして、ピストンがシリンダーに焼きつき(かじる)を起こしたり、ピストンの頭部に穴が空く現象は、オートバイで何度か見たことがあるが、流石にピストンが溶けてしまった故障を見るのは初めてだった。

                    溶損したピストン

昔、職業訓練校で自動車整備を習った時に、このような現象が起きる異常燃焼について教わった記憶があった。ガソリンエンジンにおける正常な燃焼とは、燃焼室内のガソリンと空気の混合気が、ピストンの上下動に応じて適正なタイミングでスパークプラグの火花によって着火され、燃焼ガスが急速に燃焼室内に広がって行く。コントロールされた燃焼である。逆にコントロールされないで起きてしまう燃焼を、総じて異常燃焼と呼ばれている。

手元にあるガソリンエンジンの専門書を読みなおしてみると、プレイグニッション(ノッキング)やデトネーションと呼ばれる異常燃焼が起きると、このような破壊的な故障が起きる原因となる。プレイグニッションは、スパークプラグから火花が出る前に、カーボン堆積による高圧縮圧力や、ヒートスポットによって混合気が自然に発火、燃焼してしまう現象である。そしてプレイグニッションが連続に発生すると燃焼室内が過熱して高温になり、混合気が爆発してしまうデトネーションが起きる。結果、爆発による衝撃波によってピストンが溶損し、シリンダーやエンジンブロックを破壊する重大な故障が起きると書かれてあった。

船外機にて異常燃焼が起きる主な要因は以下の通り。                                  ①高圧縮圧力。 (カーボンの堆積やエンジン改造による圧縮圧力の増大)                  ②エンジンのオーバーヒート。(冷却不足)                            ③低オクタン価ガソリン使用。(高圧縮圧力エンジンにレギュラーガソリンの使用)                      ④2サイクルオイルの選定ミス。 (水冷エンジンに空冷用エンジンオイルを使用)                 ⑤スパークプラグの選定ミス。 (推奨プラグ以外を使用)                      ⑥点火時期が早すぎる。(調整ミスにより、火花を飛ばすタイミングが早すぎる)          ⑦エンジンの過負荷。(過積載重量、エンジン馬力選定のミス、プロペラ選定のミス)        ⑧燃焼室及びピストン頭部の形状 (設計上の問題)  

オーナーとカルタヘナのメカニックに電話して話を聞いてみると、アメリカの有名なボートメーカーが製作した全長約8.5mのFRP製ボートに搭載されてあった。日本製の和船型と比べると幅広で約3.3mもある。船尾部の船底はディープV(約22°)形状で走波性能が高く、トローリング時の操船がし易いフライブリッジ(船室の上部に作られた操舵スペース)仕様であった。なお、船体の排水重量は約3.5トンで、エンジンは同じモデルを2機掛けしており合計400馬力であった。航行中に突然、トラブルが起きたそうだ。

                    Deep V 型船型

メカニックに上記の要因について質問してみたが、まだ新しい船外機であり、経験年数の長い彼でも故障の原因が全く分からなかった。当然、ハイオクガソリンに推奨2サイクルオイルも使用されていた。念の為、彼に壊れていないもう1台の船外機を点検してもらったが、何も問題はなかった。故障原因が分からなかったため、メーカー保証を適用して無償で修理を行なった。バカンスシーズンであったからすぐにカルタヘナに送り返した。

それから2週間後に再びカルタヘナで同じ故障が他の同型船でも起きた。これも原因が分からず、無償で修理して送り返した。疑わしきは罰せずというか、ユーザーを納得させる故障原因がこっちで見つけることが出来ない場合、無償修理とせざるを得なかった。

その後、4台ほど同様な故障がカルタヘナで起きた。4台はV6/175馬力であった。残り2台は200馬力で全長36フィートのディープV船型の船体にプラスチック製の座席を取り付け、多くの観光客を近くの島へ送る業者のエンジンが壊れた。年末の大事な観光シーズンで起きたことからオーナーは激怒した。アメリカ製のエンジンを使用していた大口の業者に、ようやく日本製を2台入れたばかりであったため、新しいエンジンを送って宥めることにした。

故障の原因が分からないまま季節が夏に変わり、日本にメーカーからサービスエンジニアが来訪したので、壊れたエンジンを見せた。そして現場のカルタヘナへ一緒に行ってみた。観光業者の船にも乗せてもらったが、特にユーザーサイドに問題点を見つけることができなかった。彼も異常燃焼が原因だという意見は私と同じであったが、具体的にどの要因が原因なのか分からなかった。カルタヘナのマリーナではV6エンジンの評判がガタ落ちになってしまった。

年末のバカンスシーズンになった頃、昨年に修理した200馬力を2機掛けしたアメリカ製のボートで、全く同じトラブルが起きてしまった。出張へ出る前に、過去のV6エンジンの修理報告について調べてみた。過去3年間に50台を超えるV6エンジンが販売されていた。カルタヘナだけでなく、大きな河川でも150馬力や175馬力が販売されていた。しかし、河川で使用されているエンジンから異常燃焼による故障について何も報告が無かった。河川で使用されているボートはカルタヘナとは異なり、大型和船タイプの乗り合いボートで、1機掛けで使用されていた。カルタヘナで故障したボートは、人気のあるアメリカ製の幅広でディープV型船型だった。

聞くところによると、V6エンジンは175馬力のエンジンとして開発されたそうだ。同時に、エンジンの圧縮圧力を下げ、キャブレターを変更して馬力を25馬力落として150馬力としたエンジンも販売された。また逆に200馬力は圧縮圧力を上げ、同じくキャブレターを変更して25馬力アップしたようだ。そして異常燃焼による故障は圧縮圧力の低い150馬力では起きていなかった。

この他、故障したエンジンの修理報告書から重大なヒントを得ることができた。船外機のエンジンは自動車のように横置きになっていない。垂直縦置きになっており、上から右側のシリンダーが1番で左が2番、中間のシリンダー右側が3番で左が4番、そして一番下のシリンダーの右側が5番で左が6番と呼ばれていた。溶損、破壊されたシリンダーは、上部シリンダーの1番または2番しか壊れていないことが分かった。なぜ、他の4シリンダーは壊れないのか疑問に思った。

そこで、新品の175馬力V6エンジンの各シリンダーの圧縮圧力を調べてみた。すると、上部1番2番の圧縮圧力は135psi、中間の3番4番は125psi、下部の5番、6番は115psiという結果が出た。本当に驚いた。メーカーの資料には125psiとしか記載が無かったからだ。これで、溶損したピストンは圧縮圧力の一番高い1番か2番のシリンダーしか起きなかった理由が判明した。それでもこれだけが原因ではない、河川で使用されている船はオクタン価の低いレギュラーガソリンが使用されていたにも関わらず、1機掛けで利用されている船では同様なトラブルは起きていなかった。

しかし、なぜこのような圧縮圧力にメーカーが設定したのか考えてみた。それは多分、熱い排気ガスがV型シリンダーの中間の排気ガイドに集まり、上から下に排気されることで一番下の5番、6番のシリンダーが高温に晒され、同時に燃焼室を冷却する海水も上から下に向かって冷して行くことで、やはり5番、6番のシリンダーが熱くなってしまうのを嫌ったのではないか。この対策として5番、6番の圧縮圧力を10psi下げ、一番上の良く冷却される1番と2番のシリンダーの圧縮圧力を10psiを上げることで調整して定格出力を確保したのではないかと思った。

カルタヘナには良く出張する機会があったので、マリーナのオーナー社長やチーフメカニックとも親しくなったことから、仕事はとてもやり易かった。マリーナに到着すると、すでに壊れたエンジンの修理が終わっていた。何か故障した原因がハッキリするかも知れないと思い、チーフメカニックと一緒にボートの試運転をすることにした。

カルタヘナは大きな湾になっており、湖のように穏やかな湾内で試運転を行なった。最高回転数や船速の確認を行うも全く問題が無く、和船よりも大きい船体が広大な湾内を軽快に航走した。燃料の消費具合や点火時期の確認などを行いながら30分ほど走ってみたが、何も不具合を感じられなかった。晴れて日差しが強くなってきたので、チーフメカニックが冷たいコーラを飲んでから帰ろうと言い出した。どこで買うのか聞くと、小型船が湾内に出入りができる浅い湾口を出て、ホテルが立ち並んでいる外海に面した海岸側へ行こうと言い出した。彼はフライブリッジで操船し、私は船尾の船外機の隣に腰掛けた。

                    平水面での滑走状態

ボートは颯爽と湾内を横切って、すぐに湾口に差し掛かった。すると外海から入ってくる波のうねりのため、チーフメカニックはスロットルを戻し、エンジン回転を下げて船速を落とした。ボートはすぐに滑走しなくなった。湾口から外海に出る手前で、さらにうねりは高くなってきて船首が上下にピッチングをし出した。同時にエンジンが断続的に唸り出した。初めはチーフメカニックが波に合わせてスロットルを動かしているのかと思い、声をかけた。しかし、フライブリッジで操船している彼には、波や風の音で聞こえないようだった。

               波のうねりに対するボートの動き

急いでフライブリッジに上がると、スロットルの位置は固定されていた。2個の回転計を見ると、アナログの針が大きく上下していたが、ドライバーシートではエンジンの唸りは聞こえなかった。船首を見ると、うねりを乗り越える度に船首は大きく下がり、次にくるうねりに正面から突っ込む姿勢になっていた。その時、幅広の船体が波に押されてエンジンが唸ることが判った。これでエンジンに大きな負荷がかかり、故障に繋がる要因の一つになる事が理解できた。すぐに彼に冷たいドリンクはマリーナで飲もうと言って、エンジンが壊れる前にマリーナへ戻った。

(2/3)に続く。

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