B6. V6エンジンの異常燃焼 (2/3)

B. 船外機トラブル関連

1/3からの続き・・・

外海から大きな波のうねりが入ってくる湾口から、エンジンが壊れる前にマリーナに戻ることにした。桟橋に着いてすぐに試運転していたエンジンを、修理工場のテストタンク内へ運んでもらった。このエンジンはプロペラが17インチのピッチを使用していた。平水面の湾内で最高回転数は毎分4,800回転で、速度は30ノット(約55Km /時)を超えていた。オーナーによれば、スピードが速いので通常は最高回転で走る事はなく、平水面でも最高4,000回転くらいで走っていたと言う。

プロペラをテスト用に交換してテストタンク内でエンジンを始動し、点火時期を確認することにした。アイドリング回転数はマニュアル通りに750回転であった。タイミングライトをフライホイールにあてると、点火時期はピストンの上死点後(ATDC)7°であった。エンジン回転を上げて行くと、点火時期はスロットルレバーの動きに応じて機械的に進ませる部分と、電子的に進ませる部分の両方で変化させる。上がる回転数に比例して進ませることで、常にピストンが上死点からすこし下がったところに燃焼ガスがピストンの頭部を押し下げる様になる。

アイドリングから徐々に回転を上げていき、点火時期の進み具合を確認してみた。1,000回転でちょうど上死点(TDC)になり、1,500回転で上死点前(BTDC)10°に進んだ。湾口のうねりでエンジンが唸っていた時は約2,500〜2,800回転であり、その時の点火時期は上死点前約25°になっていた。そこから更に回転を上げていくと点火時期は逆に徐々に戻り、4,500回転で上死点前24°であった。

通常の整備や修理では回転毎に点火時期の進み具合などは見ないので、予想外の結果にとても驚いた。マニュアル通りに約5,000回転でスパークプラグに火花を飛ばすタイミングは上死点前(BTDC)22°に進むように調整されてあったものが、すでに2,500回転で点火時期は上死点前25°に進角していた。進角しすぎていたのだ。この進角具合の設定はメカニックが変更することは出来ない。

今までの報告書や試運転で得た事実を元に考察してみると、前述(1/3)の異常燃焼が起きる8個の要因の中で、③低オクタン価④2サイクルエンジンオイルの選定⑤プラグの選定ミス、⑧燃焼室及びピストン頭部の形状、これら4個の要因は今回の故障原因では無いと思った。現地で再びメカニックに確認したところ、ボートオーナーは常にハイオクのガソリンを使っていた。エンジンオイルも2サイクル水冷用推奨オイルを使用していた。プラグはエンジンの使用時間が短いのでまだオリジナルのままだった。そして燃焼室とピストン形状はシンプルで、真ん中が窪んだ燃焼室の形状もピストン頭部がドーム状にほんの少し膨らんだデザインも、他の船外機モデルと同じだ。よって、残り4個の要因が原因で起きた可能性がとても高いと思われた。

今回の故障が起きた時、原因となった4個の要因がどのように影響したのか、故障に至るまでの経緯を想像して見た。航行中、波のうねりに対してエンジンを2,500回転に落としても、すでに点火時期は25°に進角しており⑥点火時期が早すぎた。そして波によってボートがピッチングすると、エンジンが唸るほど幅広の船首前面に波の抵抗を受け、断続的に⑦エンジンが過負荷になった。フライブリッジで運転しているドライバーは異常(唸り)に気がつかず、①高圧縮圧力の1番又は2番のシリンダーでプレイグニッションを起こし、エンジンが②オーバーヒートして行き、デトネーションを誘発してピストンが溶損し、エンジンが破壊されてしまった。

そして、4個の要因以外にもカリブ海の海況と、ボートの船型がとても重要な要因となっていた。これら全ての要因が重なった事から起きた故障であった。だから経験の豊かなメカニックが個々に要因を調べても原因がハッキリしなかったと言える。

マリーナのオーナーに聞くと、12月〜3月のカリブ海は毎日海が荒れて波が高いそうだ。逆に6月〜9月は海が穏やかな日が多いことから、夏休みシーズンには同じボートでも故障が起きなかったのだ。今回の出張で、カルタヘナのいつも穏やかな湾内だけで試験していたら絶対に分から無かった。勿論、メデジンの事務所では尚更分からないことだと痛感した。

使用されていたボートはディープV型と呼ばれ幅広で重い。船底形状は船尾でも22°もあり、高速で波を切り、波を飛び越えても船体に伝わるショックを和らげる利点があると言われていたが、今回のようにボートの長さと船速が波長に対してシンクロした事から、ピッチングによって船首が海中に沈んだ姿勢に次の波が来て、幅の広い部分で次の波を受ける事になってしまったようだ。この時、200馬力2機掛けの船外機と言えども、2,500回転では半分以下の馬力しか発生していなかったであろう。この船型には通常よりも大きな馬力を持った、余力のあるエンジンを搭載する必要があるようだ。

今回はラッキーにも原因をハッキリさせることが出来たが、対策をどうするか考える必要があり、なんとかオーナーを説得して、もう少し時間をもらう事ができた。翌日、直ぐにメデジンに戻って具体的な対策を考える事にした。

メデジンの修理工場でV6/200馬力のシリンダーヘッドを調べてみた。圧縮圧力が上中下異なるのは、燃焼室の直径のサイズで調整されていた。一番圧縮圧力の高い燃焼室は当然直径が小さく、圧縮圧力が低い燃焼室は直径が大きいことが判った。直径が小さいと言うことは、同時に壁の部分が肉厚になっており、冷却水による冷却効果も低くなると思えた。

            シリンダーヘッド、左から1番、3番、5番の燃焼室

各燃焼室のスパークプラグの穴にゴム栓で蓋をして、細かい砂で燃焼室の容量を測ることにした。そして圧縮圧力の高い燃焼室の壁を、旋盤に使用するバイトを改造してボール盤で削り出した。真ん中の燃焼室の容量に合わせる事にして、最後にサンドペーパーで磨いて仕上げた。

点火時期の進角具合を変更する事は出来ないが、波が出て船速を落とした時に、エンジン回転を少しでも高回転を保ってパワー不足を補うため、プロペラのピッチを17インチ(最高回転時4,800回転)から15インチに変更することで、最高回転数を5,600回転に上げる事にした。

早速、手作りで改造したシリンダーヘッド左右2個ずつ計4個、船外機2台分をカルタヘナに送った。そして、プロペラを15インチに交換するように依頼した。最初、オーナーはプロペラの交換に渋った。メーカーが推奨する最高回転数は4,500〜5,500回転である事から、ピッチの小さい回転の上がるプロペラはセオリーに反すると言って嫌がった。

私は、スポーツカーと同じで、ギアを1速にしてアクセルを踏めば直ぐにエンジン回転はレッドゾーンに入るが、回転計を見ながらそこまで回転を上げる人はいないでしょうと言って、船外機も同じ理屈で回転が上がったとしても、無理に上げる人はいないと言った。重要な事は、船速を下げてもエンジン回転は上がっている事から、パワーを少しでも上げて、波に対する抵抗力を上げる為と説明した。そしてこの変更でもう一度同じ故障が起きたら、船外機を2台とも新品に交換すると言って、なんとか納得してもらった。

カルタヘナのチーフメカニックに例の湾口で再びボートを試験運転をしてもらったところ、以前のようなエンジンの唸りが収まり、回転計の針の上下動も小さくなったという報告を得た。そこで、観光業者のボートや過去に2回も同じ故障が起きた船に対して同様な対策を実施した。それから異常燃焼による故障が起きる事が無くなった。勿論、一連のトラブルの状況や対策方法をメーカーに報告したが、いつもながら何も返信は無かった。

V6エンジンシリンダーの加工ミス?

異常燃焼トラブルが終わった頃、会社のチーフメカニックから、V4エンジンとV6エンジンのシリンダーの芯がズレていると言う報告を受けた。因みにV4とV6のエンジンブロックは同じデザインになっており、Vバンクの角度は90°に開いている。これはV4/115馬力が先に開発され、4気筒を90°の等間隔で燃焼させることで、クランクが360°スムーズにムラなく回転させるためだ。V6の場合、6気筒は60°の等間隔で燃焼させて、バランスよくクランクを回転させるため、クランクピンの位置を30°ずつ偏心させたことで、Vバンク90°のエンジンブロックに対応させたそうだ。

V6 シリンダー                                                     (右側上から#1、#3、#5、左側上から#2、#4、#5)

メデジンの修理工場ではイギリス製の小型ボーリングリングマシーンを使用して、シリンダーをオーバーサイズに削り出すサービスも行っていた。船外機の場合、ピストンのサイズはスタンダード、そして0.5ミリと1.0ミリのオーバーサイズが部品として販売されていた。シリンダーが摩耗したり、焼き付いて縦キズが入ったシリンダーをボーリングすれば、オーバーサイズのピストンに交換する事ができる。

ミニボーリングマシーン

さらに、修理工場ではシリンダーの交換サービスも行っていた。これでオーバーサイズにしたシリンダーが再び摩耗してしまってもスタンダードサイズに戻せることが出来る。エンジンブロックを交換するよりもとても割安になる。シリンダーは鋳鉄製で、アルミ合金製のエンジンブロックに嵌合されている事から、バーナーでアルミ合金製のエンジンブロックを熱し、アルミ合金の熱膨張を利用してシリンダーを抜くことが出来る。

古いシリンダーを抜いたら直ぐに新しいシリンダーをエンジンブロックに挿入し、熱が完全に冷めればシリンダーがピタリとエンジンブロックに固着される。そして最後に、ボーリングマシーンをシリンダーにセットし、シリンダーヘッド側の上部から下へ向かってスタンダードのピストンサイズにボーリングマシンで削り出して行く。この作業を行う担当者は作業に熟練しており仕事も綺麗で早い。その彼が作業中にシリンダーの芯のズレを見つけた。

クランク軸に対してシリンダーの芯が出ていれば、上面から垂直に削り出されたシリンダーの肉厚は、上部でも下部でも一定になるのは当然である。しかし、V4または V6の削り出されたシリンダ一の肉厚は、シリンダーの下部において一方向が極端に薄くなっていた事から、偏心していると言う結論に至った。勿論、製造時に起きた問題点としてメーカーに報告をした。

3/3に続く

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