サタデーナイトフィーバー
メデジンで30才になった年の、ある土曜日の夜、遅くまで仕事を手伝ってくれていた妻の甥のガブと、女中さんのマリを車で送ることにした。マリの家はダウンタウンから山に向かった坂道のかなり上の方だった。すでに深夜の12時に近かったが、ダウンタウン周辺はまだ週末の喧騒(サタデーナイトフィーバー)が終わっていなかった。
坂道を登り、マリを家の前で降ろし、彼女が住居に入るまで待ってから出発した。坂道は片側1車線で中央分離帯には並木が植えてあった。道路が狭くなる手前で、後続車が速度をあげて追い越していった。その後から来た小型ジープがすでに狭くなった道路に突っ込んできた。強引に私の車を追い越しにきた。左側面にぶつかりそうになったので、出来るだけ車を右側の路肩に寄せて回避した。

同型の小型ジープの写真
自分が「やばかったな」と、ガブに言うと、「あいつら酔ってるんじゃないか?」と、言ってきた。そのまま会話を続けながら坂道を降りていくと、前方に広場のように開けた場所が見えてきた。ところが坂道の出口でさっきの小型のジープと、もう一台の大型車が道路を塞ぐように停まって、運転者達が会話をしていた。すぐ後ろで自分の車を停めて様子を伺っていると、大型車が広場に向けて走り去った。小型ジープの発進が遅れたので、ゆっくり横を通りながら、「運転に気をつけないとダメだよ。もう少しで事故になるところだった。」と、ごく普通に話しかけた。
その途端、助手席にいた若い男が口汚く、「なんだテメエ、xxxx」と、怒鳴ってきた。それを聞いて一瞬ムッとしたが、「運転と言葉に気をつけな」と、言ってやり過ごそうとすると、オープンカーのジープのドアを飛び越えて、私の運転席側のドアに蹴りを入れた。ドンという大きい音がした。こっちも「何やってんだ、このやろー」と、車を止めて降りていくとドアが凹んでいた。運転していたヤツも降りてきて、私をなだめにきたが、その若いヤツと口論になった。
広場での大乱闘
私の車を蹴った男が私の側を離れ、ジープの座席下に腕を入れた。そいつに目を向けた途端、その男がいきなり私の頭を鉄棒で殴ってきた。自然に体が反応して相手に向かって半歩踏み出し、左腕を曲げて頭をカバーした。鉄棒の打撃を腕で受けたが、間合いを詰めたので効かなかった。冷静に相手の目を見た。2発目がきた時も半歩踏み込みながら、今度は打ってきた鉄棒を左手で巻き取った。同時に右手が勝手に相手の目を突くように動いた。その瞬間、男の顔がはっきり見えた。強盗のような凶悪な顔はしていなかった。そう感じた瞬間、目をやめて、右手で髪の毛を掴んで引き倒した。その背に取り上げた鉄棒で1発叩くと、呻いて逃げていった。
周囲に目をやると、広場は喧嘩を知った大勢の野次馬が遠巻きに囲んでいた。ガブがどこに行ったのか見えなかった。すぐに周りから数人が向かってきた。気が付けば彼らの仲間の車が3台近くに止まり、相手は総勢で10人ほど居た。それでも恐怖心はなく、私の頭は冴え渡っていた。向かってくる相手を冷静に1発ずつ鉄棒で肩や腕に打ち込むと、皆逃げていった。凶器となる鉄棒を近くの草むらの茂みへ放り投げた。
すると、一旦逃げた小型ジープの男がまた突進して組みついてきた。両手でそいつの髪の毛を掴んで、腹や顔に膝蹴りを数発、後頭部に拳骨や鉄槌を数発くらわせたがまるで効いた様子はなかった。全然痛くないようだったので、覚醒剤をやっているのだと思った。それでも敵わないと思ったのか、また逃げていった。

膝蹴りイメージ写真
入れ違いに、3人目の大柄な男がヌンチャクを片手で回し、喚きながら向かってきた。それを見ると、私も自分のヌンチャクを車の中から取り出した。いつも練習していた動きが自然に出た。右手でヌンチャクを軽く右肩の上に振り、左手で脇の下に出てきた反対側の先端を掴んだ。ヌンチャクを私の体の右脇に密着させて、重心を後ろ足に置き、軽く腰を落として左半身に構えた。(左半身:下の写真とは反対に左肩を前にする。)こうするとヌンチャクが体に隠れて、相手は攻撃がどこから来るのか、わからなくなる。また蹴りもできる構えなので実戦向きだ。
相手が突進しながら打ってくるより一瞬早く、右手で真横から円を描いたヌンチャクの強烈な打撃を、相手の左肩に打ち込んだ。打たれた相手は叫び声を上げて逃げていった。相手が強盗やナイフなどの凶器を持っていたら、顔面に打ち込むつもりだったが、この男も凶悪な顔つきをしていなかったので肩を打つだけにした。
ヌンチャクは沖縄の古武術で用いられ、映画ブルースリー主演の「燃えよドラゴン」で世界的に有名になった。オリジナルは長さ33〜40Cmの八角形に削られた樫の棒2本を、丈夫な細いロープで連結されている武器だ。私のは練習用として角を落とした丸棒で、持ち運びやすいように自作した。市販されている通常の物より短く、28Cmくらいにした。短い分、少し太くした。スピードと遠心力による凄まじい破壊力があり、コンクリートブロックを割ることができた。国によっては凶器とみなされていることから自由に携帯はできないが、コロンビアでは問題はなかった。

ブルース・リー (Creative Commons 表示-継承 4.0 国際ライセンス(CC BY-SA 4.0)
小型ジープと投石
次はどいつだと周りを見回すと、小型ジープに男二人が飛び乗ったのが見えた。運転席には私の車を蹴り飛ばした奴が座り、エンジンをかけた。距離は約10m 、ジープは真っ直ぐこちらに向いおり、数回エンジンを空ぶかしして威嚇してきた。私は足元に落ちていたコーラの空き瓶を右手で拾った。
運転席の男と目が合うと、そいつの目に狂気を感じた。私はその目を見ながら平然と来いと手招きをした。そいつが発進を躊躇った瞬間、コーラ瓶を思い切りフロントガラスに投げると同時に、ジープに向かってダッシュした。コーラ瓶がフロントガラスに当たって飛び散ると、男達は固まった。その一瞬にジープに飛び乗り、乗っていた二人を車外へ蹴り落とした。そして周囲に目を配りながら悠然と、エンジンキーを抜き取ってジーンズのポケットに入れた。
彼等の仲間が、格闘では敵わないと思ったらしく、離れたところから投石をしてきた。飛んでくる石を避けながら私の車に向かって移動すると、一台の大型ジープが私の車をバンパーで数回ぶつけてきた。ヌンチャクでその車の窓ガラスを割ると逃げて行った。投石はますますひどくなり、何度か頭や体をかすめた。流石に身の危険を感じて車内へ入った。フロントガラスは投石でヒビ割れて視界が悪かった。左手に持ったヌンチャクでフロントガラスを割ろうとしたが、勢い余って拳までガラスに突っ込んで手が切れた。手から流血したが、フロントガラスに大きな穴が開き、視界を確保することができた。
車を発進して広場の中を回りながら、ガブの名前を呼んだ。その間も四方八方から拳大の石が唸りをあげて飛んできた。二度ほど頭を掠めたが、当たらなかった。右手からガブが走ってくるのが見えた。彼は頭から助手席側の開いた窓から飛び込んできた。彼の背中のシャツを掴んで引き入れた。幸いにも彼はどこも怪我をしていなかった。広場の出口から街の中心街へ向かう坂道へ逃げたが、誰も後を追ってくる様子はなかった。
私服刑事二人
坂道を800mほど下ると、左手に見えた警察の派出所の前で、急ブレーキをかけて止めた。フロントガラスが割れ、ボディも数箇所凹んだ車から、左手に血を流しながら降りた私を見て、二人の男が驚いて飛び出してきた。二人は私服刑事であった。口早に事情を説明すると、傍に止まっていたスポーツトラックの荷台に乗れ、案内しろと言われた。トラックは急発進して坂道をスピードを上げて走ると、すぐに広場に着いた。
広場にはまだ少し野次馬達が残っていたが、すでに彼らの車は見えなかった。荷台から周辺を見ていると、広場の奥にあるガソリンスタンドに、彼等の大型車1台が止まっているのが見えた。トラックの屋根を叩き、あそこにいると伝えると。トラックは猛ダッシュしてスタンドの手前で止まり、刑事二人が銃を構えて飛び出した。二人が同時に「出て来い」と、叫ぶと同時に大型車は急発進した。
刑事二人は、ガソリンスタンドの裏手へ向かって発進した大型車のタイアに向けて、数発発砲したが逃げられた。二人はトラックに駆け戻ったが、数十秒発進が遅れた。ガソリンスタンドの裏手にまわると、住宅街の路地はすぐ三股に分かれており、どっちに向かったか分からずに見失ってしまった。少し迷路のような路地を走ってみたが、全くどこへ逃げたかわから無かった。
派出所に戻り、暴行を受けた被害届を提出することになり、ことの顛末を詳細に話した。被害届の写しを受け取った時は、すでに朝の4時になってしまった。派出所で電話を借りて妻に電話した。私が帰宅しないので寝ずに待っていたようだ。とても驚いていたが、簡単に事情を説明して無事であること、そしてガブも連れて帰る旨を伝えた。
家に戻り、生後半年の息子の寝顔を見て、無事に帰宅したことを妻と一緒に心の底から喜んだ。左手に巻いたハンカチは血で汚れていたが、流血はすでに止まって乾いていた。自分でも驚くくらい多数を相手に始終冷静に闘った。後から思えば何か非現実的で、映画のワンシーンのようだった。近所の若い連中と空手の練習をしていたのが役に立ったと思う。流石に相手が二人組みではなく、10人近くいたのには驚かされたが、相手が銃を携帯していなかったのが幸いした。
後日、なんらかの報復があるかと警戒していたが、彼等は警察が介入したことで身を隠したようだ。幸いにもトラブルが尾を引くことは無かった。