B2. 40馬力船外機、水滴トラブル

B. 船外機トラブル関連

1987年、一人のメカニックに同行し、V4-115馬力船外機のトラブル調査の目的で出張へ行った。メデジンから車で約6時間半北上すると、カウカ河に面した1年中暑いカウカシアがある。カウカ川は全長約960km、南から北部でマグダレナ川と合流しカリブ海に流入する。船外機ボートの航行が可能なコロンビア第二の大河である。

現地ではエンジンのピストンが、酷く焼き付くトラブルが何件か起きていた。幾つか壊れたピストンやエンジンブロックを点検すると、どれもがかなり古いエンジンで、すでに3回以上シリンダースリーブを抜き替えていたそうだ。

シリンダーの上部とシリンダーヘッドの合面を点検した。ガラス板の上でサンドペーパーにより擦り合わせが行われた跡があった。シリンダーヘッドを点検すると、燃焼室の高さが低くなっていた。何度も削られた結果、燃焼室の容積が小さくなって必要以上に圧縮圧力を高めてしまったことになる。

現地では誰もが低いオクタン価のレギュラーガソリンと、空冷エンジン用の安い2サイクルオイル(添加剤が水冷用とは異なり、カーボンが多く発生する。)を使うため、圧縮圧力が高くなったエンジンにノッキング(異常燃焼)が発生して壊れたと推測した。

シリンダーブロックが高価なため、何度も修理をした事がトラブルの一因になったとも言える。現地のメカニックへは、過度なサンディングを止めること、2度もシリンダースリーブを交換した場合はシリンダーヘッドだけでも新品に交換し、指定された水冷船外機用のエンジンオイルを使用すれば、エンジンの酷い損傷を防げると説明した。

早く問題が解決し、出張日数に余裕ができたことから、近くのネチ村へボートで移動した。その日の晩、川岸で同行したメカニックと夕涼みをしながらビールを飲んでいた。すると、私達のすぐ後ろのテーブルから会話が聞こえて来た。

耳を澄ますと、彼らの一人が所有する40馬力船外機のエンジン内に水が入る問題が起きたようだ。地元のメカニックも含め、すでに10名以上のメカニックや、メデジンから来た船外機販売店のメカニックでさえも、修理ができなくて困っているという内容であった。確かに本社の部下であるメカニックの一人が、数日前に当地に出張に来たことは知っていたが、このオーナーが話しているような報告は受けていなかった。

彼等はメデジンから来た私達が居ることを知って、ワザとその話をしているのかと思い振り向いたが、彼らは話に夢中で私達に気がついていなかった。彼等に挨拶と自己紹介をして、あらためてトラブルの話を詳しく聞かせてもらうことにした。ここで会ったのも何かの縁なのかも知れない。

船外機のオーナーは長さが約12m、幅約1.4mの鉄板製のカヌーに、2気筒40馬力の船外機を搭載して、資材の運搬業を生業としていた。事の発端は、片道15時間以上もかかる遠方へ、仕事で行くことが決まり、出発前に船外機の点検整備を地元のメカニックへ依頼した事から起きた。そのメカニックが点検した時の様子を詳しくオーナーから聞いた。

・船外機のスパークプラグを取り外すと、プラグの奥から水滴が1、2滴こぼれ落ちた。シリンダーヘッドを外すと燃焼室の内部にも水滴が付いていた。

・エンジンブロックやシリンダーヘッドの亀裂を点検したが問題無く、エンジンのガスケットやシール類一式を全て交換した。

・その際、メカニックはシリンダーヘッドとシリンダー上部の合面、冷却水が通るパーツ間の合面他を、定盤とサンドペーパーで平滑にして、水漏れが起きないように仕上げた。

・組み上げた船外機のテスト後、スパークプラグを点検すると、またも水滴がこぼれた。

・その後、十人以上のメカニックによって何度も分解点検が行われたが、水の侵入を止めることができなかった。以上がオーナーから聞いた詳細な内容であった。

翌朝、オーナーが問題の船外機と大型カヌーでやってきた。到着早々、エンジン分解整備を依頼してきたが、私は先にテストすると言い、一緒に乗せてもらった。アクセルを全開にして走ってもらい、エンジンのレスポンス、音、最高回転数他、全く異常が無いことを確認した。アクセル全開のまま5分間走ってからエンジンを止め、スパークプラグを点検した。電極周りは薄茶色で乾いており、1滴も水滴はついていなかった。

オーナーは、エンジンをアイドリング状態にして2分間待ってから、プラグの点検をするように言ってきた。言われたとおりにして点検すると、今度はスパークプラグの電極周りは不完全燃焼した混合気で湿っていた。そのスパークプラグを、私の手の平に軽く叩きつけると、スパークプラグの奥からポロリと一粒の水滴が転がり出てきた。

オーナーは少し勝ち誇ったように、すぐにエンジンの分解をしてくれと頼んできたが、エンジンのトップカバーを外して、もう一度アクセル全開で走ってもらった。走行中に冷却水の通るシリンダーヘッドを手で触ると、エンジンの作動温度がかなり低かった。

エンジンを止めてサーモスタットを点検すると、サーモスタットが付いていなかった。サーモスタットはエンジンの冷却水温が上昇すると約50度で開き始め、水温の上昇に伴い開度が大きくなる。開度が小さければ流入する冷却水量が少ないためエンジンはすぐに熱くなる。開度が大きくなれば冷却水量が増えてエンジンを冷やす。エンジンが冷えている時は、早くエンジンが適正な作動温度(約90度)に上がるよう、自動に開度を調整する部品だ。

サーモスタットを取り外した理由をオーナーに聞くと、走行中にエンジンが時々オーバーヒートのアラームが作動したので、ゴミが詰まるサーモスタットを取り外したと言う。確かにサーモスタットを外せば冷却水が通る穴は大きくなり、ゴミは冷却水と一緒に排出され易くなる。しかし、同時に冷却水量が増えてエンジンは必要以上に冷え、過冷却されることになる。

冷却水の取水口に付いているプラスティック製のストレーナーを点検すると、割れて穴が開いていた。オーバーヒートの原因は、この穴から草などのゴミが水と一緒にポンプで吸水され、サーモスタットに詰まった事によると推測した。

エンジンの燃焼室内でガソリンが燃焼することで水蒸気が発生する。気温が高くても、水量の豊富なカウカ川は涼しい高地から流れて来ることから水温は気温よりも数度低い。過冷却により、エンジンの中ではスパークプラグの奥が構造上一番冷却される事から、水蒸気が結露して水滴になったと推測した。

現地のメカニックに中古のサーモスタットを借りた。水の入った小鍋に入れて熱し、温度上昇に伴いサーモスタットの開度が変化して、全開する様子を確認してからエンジンに取り付けた。もちろん取水口のストレーナーも交換してテストした。

エンジンを暖機運転してから、例によってアクセル全開で5分走る。シリンダーヘッドを触ると熱かった。今度は正常な温度に上がっていた。これで燃焼室の水蒸気は結露せずに、水蒸気のままエンジンから外部に排出される。

5分後、カヌーを桟橋に着け、2分間だけアイドリングにしてからエンジンを止めた。スパークプラグを外して点検すると、中心電極は綺麗に焼けたまま乾燥しており水滴は一滴も出てこなかった。オーナーは納得がいかず、何度もテストするが二度と水滴は出なくなった。

一般的に過冷却が原因で、燃焼室内に水滴が溜まると考えるメカニックは少ないようだ。現実に見る機会が非常に少ないと思う。私も見たのはこの時が初めてだった。以前、船外機メーカーのエンジニアから貰ったエンジン関係の雑誌に、日本の真冬の寒い地方で、スパークプラグの奥に氷が見つかったという、記事を思い出した。

コロンビアでも早朝に自動車のエンジンを掛けると、マフラーから水滴が垂れることが起きる。この例をオーナーとメカニックに説明したが、中々理解してくれなかった。エンジンに必要のない部品をメーカーは取り付けないと言って、このままサーモスタットを取り外したままで使用していると、ピストンリングやシリンダースリーブの摩耗がとても早くなると忠告した。

メデジンに戻ってからコロンビア全国のメカニックへ、サーモスタットがエンジン作動温度を適正に調整しているので、取り外さないようにと注意喚起を行なった。

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