C. コロンビア漁船/機械修理専門家(4/6)

C. 海外漁業協力専門家稼業

スリップウェイの完成と揚陸試験

桟橋に並行して建設していたスリップウェイがようやく完成した。スリップウェイとは船体の点検整備を行う為、船を台車に乗せて海から陸上に上げる装置である。漁業公社のスリップウェイの形状はシンプルであるが、遠浅の海岸の為レールの全長が90mほどあり、工事にはかなり時間がかかった。

砂地に深く打ち込まれた門型フレームの上面に鉄筋コンクリート製のベースが固定され、そのベースの上に左右2本の鋼製レールが平行して取り付けられている。2本のレール上にはコンロッドで連結されたH鋼製の台車2台が乗っている。

           (漁業公社、左側突堤がスリップウェイ、右側は桟橋)

台車には大型電動ウインチから前後1本ずつワイヤーロープが連結されており、台車に船を乗せて海中と陸上の間を往復出来るようになっている。完成したスリップウェイは最大積載重量は約30トンであるので、排水重量が約22トンのエビトロール船も難なく揚陸することが出来るように設計されていた。

私は派遣前の研修として日本国内でディーゼルエンジンだけでなく、四国にあるFRP製漁船の製造工場へも2日間行き、漁船の設計担当者に質疑応答をする機会を得た。その際、漁船のスリップウェイでの上架時における注意点を下記の様に教わった。

1)予め漁船の図面をもとに隔壁(バルクヘッド:竹の節の様に船体をいくつかの船室や機関室に分ける壁。同時に船体の補強となる。)の位置を確認しておき、前後左右の船台の四隅に40から50cm角で長さ1mほどの大きな木材を固定しておく。

2)台車を移動して漁船の深さに応じた水深に水没させる。漁船の前後方向の中心線を台車の中心線に合わせる。浮いている船をロープなどで前方に引いて、船首のキール(竜骨:船底部分の船首から船尾まで通る中心線に位置し、背骨のような構造上最も重要な部材)部分が陸側の台車の中心線に触れた位置にする。台車を電動ウインチで少し陸側に移動するとキールが台車に乗上げ、漁船の重量で船首が振れないようになる。

3)陸側の台車の左右に固定された大きな木材の上に、少し小さめな木材やぶ厚い板などを重ねて、船体に対する当て木として使用する。当てる場所は船底の両舷で、硬い隔壁部分に軽く当てて船体を左右から支える。

4)隔壁の位置を確定するには、予め図面で位置を頭に入れおき、船底を木ハンマー等で軽く叩くことで位置が確定できる。補強の無い柔らかい部分はドンドンという鈍い太鼓のような音がするが、隔壁の部分は硬いのでカンカンと鋭く跳ね返る音が聞こえる。

5)当て木の重なる隙間に幾つかの矢板(木製の楔状の板)を入れ、軽くハンマーで打ち込む。これで当て木が船底に軽く密着して動かなくなるが、これは船体の横転を防ぐためであり、船体重量を受ける訳ではない。

6)船首を陸側の台車の左右からロープで固縛し、電動ウインチでさらに台車を引き上げる。後部台車にキールが載れば、船体の全重量がキールを介して台車に掛かった事になる。船首部同様に船尾の両舷で隔壁の位置を確定し、台車の大きな木材と船体の間に当て木を入れ、矢板で軽く密着させてから船体船尾両舷を台車にロープで固縛する。

7)さらに船を引上げ、キールが台車から浮いていないか確認する。作業場となるフラットな位置で再度、船底のキールが台車に均等に載っている事を確認する。最後に全ての当て木を確認してしっかりと矢板を打ち込み、ロープで船体の四隅を台車に固縛し直す。なお、キールが台車から浮いている場合は、船体重量が当て木と隔壁に支えられている事になり、船体が破壊される危険があるので十分な注意が必要だ。

私は研修のメモを読み返して準備をしていたが、スリップウェイの建設業者の責任者A氏が日本から連れて来たスリップウェイの専門家というB氏を伴って現場へ来た。スリップウェイの引渡し前に、試験及びその使い方を現地のメカニックに指導するということであった。

漁業公社には長さ40ftのFRP製ダブルリガー式エビトロール漁船と、より軽量な長さ45ftのFRP製タイ釣り漁船の2タイプが日本から供与されていた。各タイプの漁船を一隻づつ実際に揚陸することになった。そして私はA氏から揚陸試験に対する協力を依頼された。

              (上がタイ釣り船、下がエビトロール船)

私は、今まで漁船を修理したことも無いし、スリップウェイを使用したことも無い。私にとって初めて漁船の上架を実際に見る事が出来るちょうど良い機会であった。B氏の説明に従い、メカニック達に台車の上、前後左右に50cm角x長さ1.5mほどの大きな材木を4本台車に固定してもらった。そして重さ30kg程度の砂袋を8個ほど用意して材木の上に載せた。砂袋は日本の研修では聞いていなかったが、B氏の指示に従った。

初めに重量の軽いタイ釣り船を揚陸する事になった。私がメカニック4人と一緒に漁船に乗り、船の姿勢制御を行った。漁船が船台の中心に載るよう、船の前後左右の四隅でロープを持った4人のメカニックに指示を出した。

          両舷前後4箇所の船底隔壁の位置に、木材を矢板で密着。

思っていたよりもあっけなくタイ釣り漁船を台車に載せる事が出来た。そして公社施設内の海側のゲートから、修理工場の前の作業場まで無事に移動させる事ができた。台車が止まると、私は船から作業場に降りて船底の状態を確認して見た。船底のキールが完全に台車から浮いていた。漁船は台車に固定した前後左右の大きな木材の上の4個の砂袋で支えられていた。全ての砂袋の位置は船の隔壁に当たっていた。

              (タイ釣り船揚陸、右側が修理工場の屋根)

私が受けた研修内容とは異なっていたので、B氏に漁船メーカーの設計担当者から船体重量は、必ずキールで受けるように注意されて来たことを伝えた。しかし、B氏は余裕の笑みを浮かべて、「平気ですよ。この程度の漁船は軽いから問題ありませんよ。」という返事が返ってきた。それでも、私は心配になり船底を隈なく点検してみたが何も異常は見つからなかったので、そのまま船を海に戻した。

次に上げるエビトロール船はタイ釣船よりも全長は1.5mほど短いが、幅は広くて全高も高い、そして重量がタイ釣り船よりも3倍くらい重いことから、B氏はウインチのワイヤーロープを継ぎ足して長くし、滑車を台車側に取り付けて電動ウインチに掛かる負荷を軽減させた。

電動ウインチの能力はエビトロール船の船体重量を想定した物であるから改良する必要はない。しかし滑車を追加したことで台車を引き揚げる速度が遅くなり、台車の揺れが少なくなるので異論は無かった。

タイ釣船と同じようにして、エビトロール船を台車に載せてスムーズに作業場に入れる事ができた。私は船から降りて船底を点検した。今度もキールが完全に台車から浮いていた。台車の四隅にある砂袋は二つ重ねて船底の隔壁の部分に当てられていた。私はB氏にやはりキールが浮いているのはマズいのではないかと注意した。B氏は再び、「さっきも言ったように、この程度の小型船に、そんな心配はいらないよ。」と、微笑みながら返事をした。

                 (エビトロール船上架中)

私はどうにも気になって、再度船底を点検しながら船体の周りを回ったところ、B氏が立っている反対側で水滴が地面に滴っているのが目に入った。船底は汚れて所々に苔のような海藻が付着していた。そこから海水が滴っていると思ったが、水滴の量が他の場所よりも多いのに気がついた。

水滴を触ってみると、海水ではなくてディーゼル燃料の軽油だった。どこから漏れて来るのか探すと、砂袋が船体を抑えている所から垂れていた。よく見ると、隔壁に沿って船底に30cmほどの亀裂が入っていた。心配していた事が起きてしまい愕然とした。

A氏とB氏を呼んで燃料漏れと船底の亀裂を見せると、A氏もB氏も呆然として何も言えなかった。図面で確認すると、燃料タンクも船体と同じでFRP製であり、両舷の隔壁と隔壁の間にFRP製の燃料タンクが位置しており、船体と一体構造になっていた。

すでに船体に亀裂が入っているので船を海に戻せなくなった。A氏は少し青ざめた顔で、どうすれば良いか私に相談してきた。私は公社の社長をすぐ呼んで状況説明をした。公社社長からその場で私は全権を委ねられ、対応を任された。

FRP船底修理の依頼先

私はA氏に向き直り、「そちらの責任で修理してもらう事、そして修理期間中の漁業公社が受ける損害(漁獲分)の補償、並びに船員の休漁補償をしてもらう事になります。」また、「しっかり対応して貰えれば、大使館や経済振興庁に連絡する必要はありません。」と言った。逆にもし対応が悪ければ事を公にして、問題にすると言う含みを持たせた発言だ。公社社長も建設業者の責任者であるA氏も私の言った条件に納得した。

A氏は「船体修理をどうすれば良いでしょうか?」と私に相談してきた。私は、「日本から漁船メーカーのFRP船体修理技術者を呼んで修理してもらいたい。」と、依頼した。すると、A氏は非常に困った顔をしてB氏と相談を始めた。日本からメーカーの技術者を手配すれば、かなり高額な費用になると、彼らは思ったようだ。私は小声で公社の社長に、日本のメーカーに頼むとすれば、安くても総額で200万円くらいは掛かるのでは無いかと伝えた。

業者の二人は翌日にボゴタへ戻り、B氏は2日後に日本へ帰国するスケジュールになっていた。二人とも深刻な面立ちで協議していた。彼らは伝手の無い漁船メーカーの技術者を呼び寄せるのが難しいのと、交渉に時間がかかりそうな話をしていた。

彼らが困っている様子を見て私から解決策を提示した。私が以前メデジンで働いていた日本製船外機輸入販売会社は、FRPボートの製造工場も経営している。公社のエビトロール船は、その日本の船外機メーカーの漁船製造部門で生産された船だと説明した。そしてメデジンのボート工場では、同じメーカーの日本製の型を使用して、幾つかの小型FRPボートのライセンス生産もしている事を説明した。

私は勿論メデジンのボート工場の施設も、そこで働いているエンジニアや何人かの作業員の技量も良く知っていた。彼らの技術レベルは中南米一と言っても過言で無く、FRPの修理技術も信頼できる。あの会社に頼めば、日本のメーカーの技術者と遜色の無い修理をして貰えると説明した。最終的に公社の社長も、業者の二人も私の意見に賛成し、メデジンの会社に見積もりを依頼する事で合意した。

建設業者の二人がホテルへ戻った後、私はメカニックを集めて船台に載せたままになっているエビトロール船の位置を変更する事にした。ほっておけば亀裂が広がる可能性が高い。容量が30トンの油圧ジャッキを船首のキールに当てがい、船首側だけジャッキアップして砂袋を外させた。そしてキールが船台に直接載るように分厚い当て木で高さを調整した。続いて船尾部も同様にして、キールが船台に直接載るように調整した。これで、船体重量はキールから船台に対して均等に分配された事になる。

船体に亀裂が入った部分を調べてみると、やはり船台に対してキールで船体重量を受けていなかった事が原因であった。隔壁は船体の補強にもなっており船底のFRP外板に対してほぼ垂直に立っている。隔壁の部分に船体重量がかかった時、重さによって砂袋が隔壁部分で押し潰される。すると隔壁で補強されている部分のFRP外板が、砂袋と一緒に変形して大きく撓んで(凹む)しまった。船底部のFRP外板は変形の限度を超えて、隔壁に沿った部分が断裂してしまった事になる。

作業を終えると、私は電話で以前働いていたメデジンの会社に連絡を取った。船体の事故について詳細を説明し、船体修理にかかる費用の見積もりを依頼した。翌朝、見積もりがFAXにて届いた。作業員一人で旅程を含めて5日間として計算され、修理に必要となる資機材とその送料や、交通費、日当、宿泊費も含めた総費用が2,000ドルと見積もられた。電話で詳細を確認すると、元従業員の私に対して社長の好意で、特別価格で見積もりをしてくれたそうだ。

FRP修理技能者の育成

私は念の為に二人の作業員を依頼した。そして旧知のエンジニア一人と、経験豊かな作業員一人を指名した。また、作業期間は充分なFRP修理箇所の乾燥期間を考慮して、7日間の実作業日数を確保してもらう事にした。そして請求先は建設業者なので通常の料金で再見積もりをしてもらったところ、3,500ドルという金額になった。もちろん、修理後に修理箇所に不具合が生じた場合、無償で再修理をしてもらえる条件を付け加えた。

新しい見積もりが届き、ボゴタの建設業者の事務所へ転送すると、すぐにA氏から承認が降りた。見積もり金額の半額を前金として直接メデジンの会社へ支払ってもらい、作業の完了時に残りを支払ってもらう事になった。A氏は想定していたよりも見積もり金額の安さに安心したようだ。日本から造船メーカーの技術者を呼ぶことを考えたら、時間も掛からずかなり割安になる。私はA氏に修理に対する補償も付いているので、漁業公社も安心できると説明した。

メデジンから旧知のエンジニアと作業員が到着した。彼らが損傷した箇所を点検すると、燃料タンクの修理には外部だけでなく、燃料タンクの内側からも修理が必要になる事が判明した。十分な作業スペースが無いため手間取ったが、天候にも恵まれて丸4日間で完成した。修理が終えた箇所を点検しても、修理した痕跡は全く見分けが付かなかった。塗装された表面はツルツルでとても綺麗であった。

FRPが乾燥する時間に十分な余裕を取ったので、待っている間幾つか細かな修理を実施してもらいながら、数人のメカニックと雇ったばかりの地元の大工に、FRP修理について教えてもらった。実は最初からこの乾燥待ちする時間は、FRPの実習に当てるつもりで準備していた。これで私自身も実習をさせてもらい、FRP修理に対する実際の知識を得る事ができた。

流石に大工は器用であり、FRP船体の修理に大工の経験が多いに役立つことから、彼をFRP修理専任として育成する事にした。旧知のメデジンのFRPボート会社の社長(船外機販売会社社長の実弟)に直接頼んで、ボート工場へ大工を送り、特別に1ヶ月間のFRP作業の研修をさせてもらえた。

1ヶ月後、研修から戻ってきた大工は、公社のFRP漁船を修理・修復する技能者として活躍するようになった。

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